長すぎたロックダウンから、いざ立ち上がろう

小林夕子 
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。

しばらくご無沙汰している内に、なんと年を跨いでしまいましたが、皆さまいかがお過ごしですか…?この連載を読んで下さっている皆さまが健康であること、そして少しでも穏やかな時間を過ごせていることを心から願っています。ご無沙汰しているあいだ、メルボルンで何が起きていたかというと、長〜い冬眠という名のロックダウン(※)に入っていたのです。
以前も、2020年3月に始まって6月に一時的に緩和するも、第2波の到来で7月に再度ロックダウンに突入。「世界で一番住みやすい都市」だったはずのメルボルンは、最終的に規制が解かれた10月下旬まで、実に7ヵ月間にも及ぶ「世界で最も厳格なロックダウン」を経験するハメになったのです。

※メルボルンのロックダウン…4つの理由(食料・日用品の買い出し、医療サービスの受診、運動、在宅でできない仕事・勉強)による外出を除き、原則ステイホーム。生活必需品を扱う店舗以外は閉鎖となったほか、学校や公共施設、ジム、娯楽施設もすべて閉じられました。ただ、レストランとカフェはテイクアウト限定で営業可に。

とはいえ、辛いことばかりではなく新しい発見もたくさんあったので、今回はその間に印象に残った出来事や気付きを振り返りながら、ロックダウン解除後のメルボルンの今の様子をお届けしたいと思います。

仲間とビールを飲んでいる場合じゃない!

オーストラリアにおいて新型コロナウイルス(以下、コロナ)の脅威がいよいよ深刻化した3月下旬、連邦政府はいち早く全国規模のロックダウンを発表しました。これを受けて、豪ビクトリア州首相のダン・アンドリュースは、記者会見にて眉間にシワを寄せながら懸命に”Protect lives and livelihood”(ビクトリア州民の命と生活を守る)と伝えました。
州民にステイホームへの理解と協力を呼びかける中で、「You can’t have all your mates around to home and get on the beers(家に仲間を呼んでビールで乾杯している場合ではない)」と、真顔で力説したのです。

つまり、「タダ事ではない」ということを強調したかったのでしょう。おもしろい言い回しだなと思いつつ「オージーよ、どんだけビール好きなのよ」と、ひとりテレビに向かってツッコミを入れてしまいました。

3月下旬を境に、TVでダン・アンドリュース州首相を見ない日はありませんでした。

これをおもしろいと感じたのは私だけではなかったようで、たちまち”#getonthebeers”がTwitterでトレンド入り。各メディアでも”Get on the beers”を頻繁に耳にするようになったある日、とある酒屋さんの外壁にそのフレーズとダンの似顔絵が一夜にして現れたという、バンクシーのグラフィティを彷彿とさせるニュースもありました。

クラフト系ビールを中心に取り扱うインディペンデント系の酒屋、Fizz and Pop。酒屋はロックダウン中も営業が認められていたので、朝出勤した店長さんが第一発見者だったとか。

ここで「落書きした犯人は誰だ、けしからん!」と怒り出すのではなく、「アーティストの正体を知っている人がいたら書き込みよろしく。あ、あとGet on the beer(ビールで乾杯)したいかどうかも!」と実に粋な切り返しをした店長。「この大らかさこそがオージー」とクスッとしちゃいました。

ちなみにこの店主、ここで終わりません。「お客様から強い要望があったから」という理由で、ちゃっかりグッズ販売にまで手を出しちゃいます。中でもこちらのTシャツは発売と同時に完売したとか。

久々にサイトをチェックしたら、なんと再入荷されていました。出典:Fizz and Pop公式サイト

一般的には、こういったグッズ販売は肖像権や著作権もあるので躊躇しそうなものですが、そこはオージーらしく細かいことは気にしない、何か起きたらそのとき考える!精神が作動しているんでしょうね。

住むならやっぱり自然の近くに

2020年7月から始まった2度目のロックダウンは、外出規制に加えて、

・自宅から一歩出たらマスク着用
・外出は自宅から半径5キロ圏内まで
・運動のための外出は1時間以内に済ませる
・夜間は外出禁止

など、改めて書き出してみると「自分、どうやって乗り切れたんだろう?」と思うほど、厳しい制約がありました。

そんな中、私のささやかな楽しみといえば、1日1時間だけ許されていた運動のための外出でした。我が家はベランダも庭もなく、窓から見えるのはオフィスビルという典型的な単身用アパートメント。唯一自慢できるのは、家の目の前がランナーの聖地といわれるロイヤル・ボタニック・ガーデンであることくらいです(詳しくは当連載の初回をご覧ください)。
「半径5キロ圏内」と「運動のための外出は1時間以内」という両方の条件を十分に満たすに十分なランニングコース。なのです!ないものづくしの我が家ではありますが、今回ほど今の所に住んでいてありがたいと思ったことはありません。

ランニングコースの至る所で、ソーシャル・ディスタンスを呼びかける立て看板を目にします。

定番コースで一番お気に入りの、川沿いの遊歩道。

最初は自宅で仕事を終えた後、夕方に走っていたのですが、本格的な冬に突入すると、日が暮れるのが早くなったこと、夕方は異常に人出が多くて走りにくかったため、朝ランに切り替えました。朝日を浴びながら体を動かすことで自然と体が目覚め、朝ご飯がいつも以上においしく感じます。さらに、集中力が増して仕事もはかどる!ということで、すっかり朝ランが習慣化しました。

普段は目にすることのない空の色に遭遇できるのも、朝ランの醍醐味。

ちなみに、職場の役員とビデオ会議で朝の挨拶を交わした際の話。「ジムが完全に閉まっていて運動に困っている」と言うので、その代わりどのように運動しているのか聞いたところ、通っているジムからレンタルした各種トレーニングマシーンを自宅庭に設置し、毎朝オンライン上でパーソナル・トレーニングを受けているとのこと…。久々にオーストラリアの富裕層の家にある庭の大きさを思い出し、絶句してしまいました。

しかし、私のような一般庶民にそういった環境を整えることは難しいので、やはり家が自然に近いのは重要だなと、ロックダウンを経験して改めて感じました。
迷宮入りしつつある私の「家を買う」プロジェクト(詳しくは当連載のVol.4をごご覧ください)ですが、将来買いたい物件の条件に、「自然が近い」を書き足したのは言うまでもありません。

早朝ランではメルボルン名物の熱気球や野鳥の群れにも遭遇しました。やはり公園・川・海辺のいずれかの近くに住みたいものです。

余談ですが、昼間は家中のブラインドを全開にして在宅ワークをしているのですが、隣のオフィスビルにときどき出勤している人がいるようで、ふと窓の向こうに目をやると人影が見えます。以前だったらびっくりしてすぐにブランドを締めていた私ですが、なんだかオフィスにいる擬似感覚を楽しめて「これも悪くないな」と、最近は開けっぱなし。新たな環境に適応しているのか、はたまたオージー化しているのか…。

我が家の即席ホームオフィス。在宅ワークを開始してから10ヵ月が経過しましたが、まさかここまで長期化するとは思いませんでした。

春の訪れに合わせて、メルボルン再始動

毎日のランと規則正しい食生活を送ること3ヵ月。メルボルンに春が訪れた9月頃から感染者数もだいぶ落ち着き、ついに10月下旬に新規感染者数ゼロを記録しました。ダンは少し声を震わせながらロックダウンを耐え抜いたビクトリア州民を称え、「今こそ街の再生のために立ち上がろう」とロックダウン終了を宣言したのです。

家にこもっているうちに、いつしか季節も冬から春に。ランニングコースの木々や花が春の訪れを知らせてくれました。

週末も休むことなく連続120日以上、記者からの厳しい質問を浴び、時に2時間も記者会見を続けたダン。この日ばかりは記者もそんな彼を労ってか、質疑応答で最初に出た質問が「今日はビールで乾杯ですか?」。ダンは少し声を詰まらせながら「ビールよりも、もうちょっと棚の上に手を伸ばすかも」と、初めて顔をほころばせたのが実に印象的でした。

ちょっぴりぜいたくなお酒ということで、ロックダウンが終了した日の晩、ダンは地元ビクトリア産のウイスキーであるスターワード(Starward Whisky)で乾杯したそうです。本当にお疲れ様でした。

それから段階的に規制が緩和され、この原稿を書いている2021年1月末時点ではマスクの着用(一部屋内のみ)や、娯楽施設・飲食店の人数制限、州をまたぐ渡航制限を除いて、ほぼ日常を取り戻しつつあります。

ここからは、本格的な夏を迎えたメルボルンの様子を写真と共にお届けしましょう。

ロックダウンが明けたメルボルンの今

晴れた日の休日、友人とのランチの前に街を散策してみることにしました。まずはメルボルンのランドマーク的な、日本でいうと東京駅のような位置づけのフリンダース・ストリート駅(Flinders Street Station)から散策スタート。観光客と留学生がほぼいないせいもありますが、メルバーニアン(メルボルンっ子)も恐る恐る外に出掛けているようで、人の姿もまばらでした。きっと誰もが「3度目のロックダウンだけは避けたい」思っているのでしょう…。

フリンダース・ストリート駅(写真左のドーム型の建物)近くに、現在新たな地下鉄駅を建設中。

メルボルン中心街にあるシティー・ホール。1月中旬だというのにクリスマスの飾り付けが残っていました。

次はメルボルンのストリートアート発祥地ともいわれるホージャー・レーンに足を伸ばしてみることに。常に最新のストリートアートが楽しめるスポットということもあって、いつもは観光客でごった返しているのですが、こちらもほとんど人影がありませんでした。ただ、このご時世らしいマスク姿の女性のアートを発見。

しばらく行動制限がかかっていたせいでしょうか、「落書き」>「アート」という印象を受けました。

中心街はあまりに人の気配がしないので、もう少し賑わいを求めてヤラ川へ。するとロックダウン時はほとんど見られなかったボート(ローイング)を楽しむ人が多くいました。今では係留所が渋滞するほどで、ようやく活気を取り戻したことにホッとしました。

名門高校・大学のボート部の艇庫が集中する係留所。

天気はいいものの暑すぎなかったので、川沿いのレストラン街を少し偵察することに。どの飲食店もソーシャル・ディスタンスや手洗いを呼びかけるポスターを掲げるなど、半年ほど前と比べてだいぶ真面目に取り組んでいて安心しました。

ロックダウン解除後に新設された屋外ダイニングスペース。お天気のいい日は、店内よりもこちらのほうが人気。

橋の下にあるこちらの屋外バーは大盛況!

そろそろ友人との約束の時間が差し迫ってきたため、川沿いの偵察はこの辺で切り上げることに。
メルボルン中心街から少し離れたサウス・ヤラ(South Yarra)にあるお店に向かうため、久々にトラムを利用しました。まだまだ公共交通機関の利用に抵抗があるのは私だけではないようで、平日・週末を問わずトラムは結構ガラガラです。

ビクトリア州では2021年1月現在、トラムを含む公共交通機関ではマスクの着用が義務付けられています。一部ヤンチャな酔っ払いの若者を除いて、ほとんどの人が規則を守っています。

今回、約1年ぶりの再会の場として選んだのは、ちょっぴりぜいたくなフレンチ、ビストロ・ギタン(Bistro Gitan)。前菜とメインのランチ・コースで45豪ドル(約3,600円)と少々お値段は張りますが、おこもり生活が長かったため「とにかく自分じゃ絶対に作れない、プロの味が食べたい」と2人の意見が一致し、このお店に決めました。

大理石のバーカウンターなど重厚感のある店内。

隣のお客さんとはしっかりとテーブルひとつ分の間隔が空いていたので、周囲の話し声もまったく気になりません。優雅な雰囲気の中で、お食事を楽しみました。

前菜はヒラマサのお刺身。なんとポン酢和えという和風なディッシュでした。

メインはタイの一種であるロックリング(Rockling)をオニオン、マッシュルーム、ベーコンと一緒にオーブンで焼いた一品。

7ヵ月に及ぶロックダウン中は、1日3食自炊+毎日の運動の甲斐あって、恐らく自分史上で最も体調がいい時期だったことは間違いないでしょう。でも、こうやって大切な人と直接会い、たわいない話をしながら、時間をかけて食事することで得られる満足感は、かけがえのないものだと改めて感じました。

逆境にも負けないオージー、自然の近くに住むことの大切さ、人と会えることのありがたさなど、いろいろ気付かせてくれたロックダウン期間。今は、待ち焦がれた夏に外で過ごせる喜びを噛み締めています。
でも、感染者数が世界的に見ると比較的少ない、今オーストラリアが置かれている状況が当たり前だとは思っていません。しばらくは油断せず、人に会うのも気を付けながら、できるだけ徒歩でメルボルンの新たな魅力を開拓していきたいと思います。

日本の状況が1日も早く落ち着くことを願っています。皆さま、体に気をつけてお過ごしください。