メルボルンの街に息づく日本のエッセンス

小林夕子 
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。

10月に入ると同時に、少しずつ暖かい日が増えてくるメルボルン。オーストラリアの国花「ゴールデン・ワトル(Golden Wattle)」が咲き始めると、「春が来た!」と毎年浮かれるのですが、喜ぶにはまだ少し気が早いのです。

ランニングコースの脇にたくさん植えられているゴールデンワトル。ミモザに似ているけれども厳密には違う品種だそうです。

なぜなら、メルボルンは「Four seasons in one day(1日のあいだに四季が訪れる)」といわれるほど、気温や天候の変動が激しいから。春は特にその傾向があって、この時期の天気予報は、1日のうちに晴れ・曇り・雨のマークが一気に表示されることも…。
メルボルンに移り住んだばかりのころは「これだったら確かにどれかは当たるな」と、妙に感心した覚えがあります。

ようやく気候が安定するのは12月。ただ、そのころはすでに「春」を通り越して「夏」に突入してしまっているのでした…。

本格的な夏が始まる前に、もっと街歩きを楽しむぞ!ということで本題に入ります。今回は、空前のジャパン・ブームを迎えている(!?)メルボルンに息づく、日本のカルチャーについて。

日本はミステリアスな魅力あふれる国…らしい

移民大国のオーストラリアは、国民の4人に1人は海外生まれということもあって(オーストラリア統計局調べ)、日本人の私がメルボルンの街を歩いていても、特に目立つことはありません。ただここ数年、カフェやショップの店員さんと会話をする中で、私が日本人だとわかった瞬間から「日本大好き!」「日本に旅行で行く(or行ってきた)」「日本のオススメ観光スポットは?」と質問攻めにされることが増えてきました。

サウス・メルボルン(South Melbourne)にある日本の雑貨を扱う「Koncent」。オージーのオーナーさんが、東京の本店を訪れた際、一目惚れしてしまいメルボルン支店の開店にこぎつけたとか。

メルボルンでは、毎週といっていいほど、新しい和食レストランやカフェが続々とオープン。メルボルン中心街(CBD)を歩けば日本関連のイベントや展示会に出くわさない日はないというほど、その勢いを肌で感じます。

2000年代はスキーが目的で日本を訪れるオージーが多かったそうですが、最近オージーのあいだで人気なのは、お遍路や座禅、最先端のデジタル技術やアートが楽しめるスポット。メルバーニアン(メルボルンっ子)の友人によると「伝統文化と最先端の技術が共存するミステリアスな雰囲気」が魅力なのだそうです。

南半球最大のショッピングモール「チャドストーン(Chadstone)」にあるカフェ「Calia」。見かけは洋風なのですがメニューを見ると、すき焼き丼や鮭茶漬けなど、完全に和食。

カフェ「Calia」に併設された食材・雑貨売り場には、メルボルンの特産品と一緒にインスタントラーメンや急須などが売られています。

そこで、数ある日本にまつわる場所の中でも、メルボルンのカルチャーに日本のエッセンスが絶妙なバランスで溶け込んでいておもしろいなぁと感じた食、そしてアートにまつわるスポットをご紹介しましょう。

メルボルンのカフェで見つけた「懐かしの味」

まずは、日本好きなオージーの同僚女性から勧められた「279」。「おにぎり、お惣菜、コーヒーのブレッキー(Brekkie=朝食)が絶品だからぜひ試して!」とのことでした。

カフェ激戦区のメルボルンにおいて、「果たして『コーヒー&おにぎり』はありなのか?」という疑問もありつつ、ひとまず出掛けてみることにしました。ホンネはおにぎりが食べたかっただけなんですけどね…。

寿司ロール(日本でいう太巻き)はメルボルンの至る所で気軽にテイクアウトできるのに、なぜかおにぎりは和食レストランでしか食べられないのです。

意外とひっそりとした店構えなので、危うく見逃すところでした。

「お客さんに覚えてもらいやすいように」という思いを込めて、お店の住所の番地(279)をそのまま店名にしたそう。ただフォントがオシャレすぎて、私には「889」にしか見えず、つい二度見してしまいました。

日本人観光客にも人気のクイーン・ビクトリア・マーケット(Queen Victoria Market)からトラムで3駅という好立地なのもあって、土曜の朝10時に訪れた際はマーケットからショッピングカートを引いてやってくるお客さんをたくさん見かけました。

店内のカウンタースペース。窓の外を走るのはクイーン・ビクトリア・マーケット行きの57番トラム。

同僚が訪れたときはお店がオープンしたばかりだったため、「とても混んでいた」と聞かされていたのもあり、行列に並ぶ覚悟で行ったのですが、タイミングが良かったのか、すぐに席に案内してもらえました。

インテリアはシンプル。自然光に溢れていて居心地が良かったです。

メニューはおにぎりの定番具材(おかか、鮭、梅)をはじめ、きんぴらごぼうや白和えなどのお惣菜も提供しており、ホッと和むメニューが揃っています。一通り注文を終え、店内をじっくり観察してみました。

オープンキッチンで調理の様子もよく見えます。

バリスタの方など、店員さんの半数は日本人。注文を取りにきてくれた店員さんとは、お互い「日本人かな〜?」と思いながらも、しばらく英語で会話するという、少し照れるやりとりがありました。

私よりも器用な箸使いでおにぎりを食べる年配のオージー女性やコーヒーとベビーチノ(Babycinno、キッズもカフェ気分を味わえるホットミルクにココアをまぶしたドリンク)をテイクアウトするお母さんを眺めているうちに、待ちに待ったおにぎりが運ばれてきました。

メルボルンでは入手困難なシソに惹かれて、この日はシソ味噌おにぎり、きんぴらごぼう、ゆかり和えを注文。

肝心のお味はというと、どれも日本の味!少し大袈裟ですが「ついにメルボルンで手軽におにぎりを食べられる日が来たか!」という喜びを噛み締めながら完食しました。

抹茶など日本茶もメニューにあったのですが、「やはりメルボルンではコーヒーで〆なくては」という意味不明な使命感から、私の朝の定番、ソイ・フラット・ホワイト(Soy Flat White。豆乳で作った泡なしラテ)を注文。お味は私好みのマイルドな濃さで大満足でした。

そしてお会計のためにレジへ向かうと、その横には日本の某有名ドーナツチェーン店の商品を彷彿とさせるドーナツが…!次回訪れたときの楽しみにとっておこうと、この日はグッと我慢したのでした。

この日のお会計は約20豪ドル(約1,480円)と、メルボルンの朝食の相場程度。

「和」がでしゃばりすぎることなく、いい塩梅でメルボルンのカフェ文化に溶け込んでいた「279」。お店を後にするときには、すっかり最初の懸念(コーヒー&おにぎりの相性)は払拭され、私の中の「常識」と「先入観」は気持ち良く溶けていたのでした。

日本から観光で来られた際にお米が恋しくなったら、ぜひ足を運んでみてください。

時代を超えてメルボルンで蘇る、日本の伝統工芸「金唐紙」

続いては、CBDから電車で南に15分のエルスターンウィック(Elsternwick)にあるリッポン・リー・エステート(Rippon Lea Estate)で見られる、日本の伝統工芸です。

リッポン・リー・エステートとは、1868年に地元有力者の住まいとして建てられた、庭園に囲まれたビクトリアン様式の邸宅。一見、日本とはまったく縁がなさそうですが、実は意外なところで100年以上前から日本とつながっていたようです。

ガーデニング好きの主のために温室を併設したそう。

オーストラリアには歴史的建造物や庭園の保護を目的としたナショナル・トラスト(National Trust of Australia)という団体が存在し、このリッポン・リーの邸宅と庭園は2006年にその保護対象に指定されました。そこから本格的な修復作業が始まったそうなのですが、中でもルーツがわからず苦戦したのが「壁紙」だったとか。

リッポン・リーの邸宅内。かろうじて文様が施されていたことがわかる程度まで劣化してしまった壁紙。

この壁紙は、いつ、誰の手で、どのように作られたのか?…この謎を解明するために、2013年にナショナル・トラストと日豪交流基金は、メルボルン大学の協力を得て本格的な調査を実施。すると、壁紙に使用されたのは、19世紀後半ヨーロッパで流行していた「金唐革紙(きんからかわし)」という、厚手の和紙に文様を浮き上がらせ金漆を施した日本の伝統工芸だったことが判明したのです!
このとき初めて「金唐革紙」なる物を知った私…。

19世紀当時のまま残されている、リッポン・リー邸宅内・中央ホールの「金唐革紙」を使った壁紙。
出典:National Trust of Australia

今回は、この壁紙の一部を再現・修復する日豪共同のアート・プロジェクトが進行中ということで、記念イベントに参加してきました。

夕方6時半過ぎにリッポン・リー・エステートに到着。ドリンクが振る舞われる中、集まった30名ほどの来場者に向けて、主任キュレーターであるエリザベスさんよりプロジェクトの背景と経緯、そして今後についてお話がありました。

スクリーン前のメガネの女性が主任キュレーターのエリザベスさん。

金唐革紙のルーツは、17世紀にヨーロッパから舶来品として日本に渡った「金唐革(きんからかわ)」という革に、文様を浮き上がらせて色を施した工芸品。当時、高級品で手に入りにくかった革の代替として、日本の職人さんが和紙を使うことを思いつき、そこから発展を遂げたのが「金唐革紙」なのだそうです。

虫がつきにくく安価ということもあって、ヨーロッパを中心に人気に火がつき、19世紀後半(江戸時代後期)に、今度は日本から海外に向けて再び海を渡ったそうです。「その一部がオーストラリアに辿り着いたのでは」とエリザベスさんが教えてくれました。

直接お話できたのでいろいろ質問するも、原材料はコウゾ(楮)でできた厚手の和紙であるとか、日本人の私でも聞きなれない単語のオンパレードで、説明についていくのに必死でした。

では、劣化した壁紙の一部をどのように再現・修復できたのか、その経緯がまたすごいのです。

調査を進めると、この壁紙を作る職人の技術は、第二次世界大戦前に一旦途絶えてしまったことが判明。しかし、それでも諦めずエリザベスさんは調査を続け、ついにこの技術を継承して現代に「金唐紙(きんからかみ)」として復活させた、日本で唯一の職人さんにたどり着いたといいます。

エリザベスさんとプロジェクト・メンバーは日本とオーストラリアを何度も行き来し、この職人さんと試行錯誤を続け、100年以上の時を経てリッポン・リー・エステートの壁紙を蘇らせたのです!

リッポン・リー・エステートの修復プロジェクトのために、日豪共同で製作された「金唐紙」のサンプル。実際に触らせてもらったところ、和紙とは思えないほどしっかりとしていて重みがありました。

ただ、このプロエジェクトの実現には約10万豪ドル(約730万円)が必要だそうで、現時点ではまだ3分の1しか資金が集まっていないとか。しかし、「現代に蘇るまで100年以上もかかったので、気長に根気強く取り組んでいくわ」と、エリザベスさんは笑顔で語っていました。

今回製作した「金唐紙」を使って、邸宅内すべての壁紙を張り替えるのかと思いきや、なんとこの一画のみが張り替え対象とのこと。これだけで約730万だなんて、なんて高価な壁でしょう…。

長い時をかけてヨーロッパと日本を往来した伝統工芸が、オーストラリア・メルボルンにある邸宅の壁紙修復プロジェクトをきっかけに蘇り、継承されていく。この事実に、静かな興奮を覚えました。

この夜はナショナル・トラストの方をはじめ、ビクトリア州立図書館でアーキビスト(※)として働く女性ともお話する機会があり、本当にたくさんの刺激をもらいました。
※アーキビスト…博物館や美術館の学芸員、図書館の司書など、永久保存価値のある物や情報を収集・管理・整理・保存等する専門家

今回ご紹介したような、異なる文化をうまく融合させて前に進もうとする試みを見ると、無性にワクワクします。移民の文化を取り入れ、独自の変化と発展を繰り返してきた街・メルボルンにとっては「普通の試み」なのかもしれません。だけど「この普通の試み」こそが私を魅了して止まない、メルボルンの魅力のひとつなのだと思います。

今回紹介したスポット:

279
279 Victoria Street, West Melbourne, 3003 Victoria Australia
http://279victoriast.co
リッポンリーエステート Rippon Lea Estate
192 Hotham Street, Elsternwick Victoria 3185
https://www.ripponleaestate.com.au